おはようございます❣️
とうとう、来るべくしてやって来ました❗️
昨日、1月5日(土)、17時過ぎ、母、三村貞子、享年96歳、永眠致しました。
母に、あったことのない方達からも、色々と、お声かけ頂き、ご心配をおかけして来ましたが、昨日夕方、亡くなりました。
兄弟の中では末っ子で、身体が一番弱いと言われていた母が、ここまで、生きるとは、誰も想像していなかっただろうと、思います。
母の96年を、振り返ってみると、矢張り、波乱万丈と言えるのではないかと思います。
大正11年に長崎で、生まれ、生まれてすぐ、父(祖父)親の都合で、東京は、下町の南千住に移り住み、20歳前後の時、東京大空襲で、焼け出されるまで、その辺りにいたようです。
それから長崎に疎開した様ですが、その時長崎生まれだったと知って、ショックだったそうで、、、、笑。
そして、原爆‼️ 母はその日、運良く一山超えた、姉(叔母)の所に遊びに行っていたらしく、直撃は免れています。
ただ、その爆風で、姉の家の窓ガラスは全て、吹っ飛んだそうなので、被爆しているわけですが、、、、。
その後、従兄弟と結婚、終戦5年後に私が生まれるのですが、、、、。
父が、69で、亡くなり、70ちょっと過ぎぐらいから、武蔵野で、私と一緒に暮らしていました。
絵が好きで、3回ほど、素人ではありますが、個展もやったり、充実した日々を過ごしていたと思います。
ただ、歩けなくなってからが、大変でしたが、いいホームに入れ、とてもよくして頂いたので、恵まれた一生だったのでは、と、思う事にします…笑。
正直、ホッとしています。
あのまま、延命処置を、せず、自然に、送ることができ、本人の希望でもありましたので、納得してくれていると思います。
人1人が、亡くなるということの、意味、そして、96年の一生の幕を下ろすということの、大きさ、考えさせられる1日でした。
皆さん、色々、ありがとうございました❣️









