おはようございます❣️
台風来ているらしい❣️
緊急事態宣言解除で、ホッとしているにも関わらず、今度は台風❣️
上陸はしないが、暴風圏が広い為、被害が出そうだとか、、、、。
用心するに越した事はない❣️
何もなければ良かったねで終われる、、、、。
台風というと、必ず、思い出すのが、故郷長崎での経験、、、。
あの当時、台風の通り道か⁉️と言われるくらい、台風というと、長崎を通過するのが常だったと記憶している。
他所のうちでは父親が、窓に、木枠を打ち付けていたり、今と違って冊子とかいう洒落たものがない頃、これは必須だった。
うちではこれを、母が1人でやっていた。
小さい頃はそれが不思議だったが、そういう時、父はいつも、TVのなかのニュースに出てきた。
ゴムナガを履いて、作業着を着て、泥でぐちゃぐちゃになっている道を、歩いて視察している所、、、、というのは大きくなってから、理解出来たのだが、、、笑笑。
県の職員だった父はいつもこういう時、災害対策本部とやらにいて、自宅にいた試しが無かった。
大人になってからは理解出来たが、子供の頃は、そういう時、父は居ないことが、普通だった。笑笑
朝起きた時には、もう出勤していて、夜寝る頃に帰ってきた試しがない。
母はいつも、父の事を御前様と言っていた。
あくる日の午前中にしか帰ってこないからだ。笑笑。
そんな時、母は一晩中、寝ないで、待っている事が常だった。
休みの日は殆ど寝ていて粗大ゴミ状態だった父だが、、、笑笑。
休みで父がいる時は、必ず、誰かが、仕事の事で、訪ねてくる、、、。
申し訳ないが鬱陶しかった。笑笑。
家族3人の、家族団欒という事が記憶にない。
他の夫婦とは違う、従兄弟同士の結婚の為か、何か、根本的な血の繋がり、、なのか、そういう絆で、繋がっていた夫婦という印象が有る。
母は、良くぞ、こんな父と、最後まで添い遂げたと思うし、世間知らずの我儘お嬢の母と、父も、良くぞ離婚もせず、最後は母に看取ってもらって、最期を迎え、成仏しただろう。
台風というといつも、こんな事を思い出す。
昨日から、吉祥寺第一ホテルギャラリーKでは、「和モダンの彩展」が、始まった。
10/5まで、やっている。
今回初めて、自分の知り合いがやる展示会のお当番、久し振りに、顔を合わせて、仕事を忘れて、話に花が咲いた。
炭アクセサリーの永平智子さんだ、もう1人、帽子作家の、田口富美子さん、この方も、お話好き、と見た❣️ 笑笑。
これから、秋のお洒落を楽しみたい方、必見です。









