おはようございます😃
昨日は、うちのお墓のある、浄閑寺へ、大施餓鬼会とやらに行ってしました。
毎年、この時期にお葉書を頂いておきながら、卒塔婆代だけお支払いして、一度もさんかしたことがありませんでした。
かなり大掛かりなイベントでした。
お坊さんの底力、見せて頂きました。笑
12:00〜 古今亭志ん輔師匠の落語を聴いて、
13:00〜 三島蓮馨寺の副住職 掬池友絢上人のお話をお聞きし、
14:00〜施餓鬼が、始まります、15:30位まで続きました。
蓮馨寺の副住職 掬池さんは、若い女性です。
施餓鬼会とは、、、、自分以外の他者に施す為の法要だそうです。
貧 (貪りの心)じん(怒りの心) 痴(無知の心)
じんは、漢字が、iPadでは出てこない。目という字に眞という字を書きます。
この3つの煩悩のお話をお聞きしました。
興味深かったのは、仏教と言われるようになったには明治以降で、それまでは、仏道と言われていたようです。
茶道や華道、武道のように仏道と言われていたようです。
仏道とは、、、仏教に関する知識ではなく、日々の実践を重んじると言うことだそうです。
日々の積み重ね、日々の信心という事のようです。
法句経「人の生を受くるは難く、死すべきものの、いのちあるも有難し」
あげる卒塔婆の数だけ、その施主と戒名を、延々と読み上げるご住職の、集中力、声を保つ力に恐れ入りました。
1時間以上も、休む事なく続き、私は、自分のところが読み上げられた後、ちょっと席を外し、石屋さんと、墓石に彫り込む戒名のお話をしに階下に降り(その間に地震あり)、用を済ませて、また戻りましたが、それでも続いていました。
年に一回、こういう経験も、良いですね〜〜









